


代表 堀野 尚子
介護支援専門員
介護福祉士
同行援護応用過程
いつも忘れてはいけないと思うのが
「すべてのことを当たり前と思わず感謝する」
ということです。
島根の田舎で生まれた私は、自然の中で自由奔放に育ったように思います。
昭和58年7月山陰水害を経験し、川のすぐ横にあった自宅は大きな被害を受け、その後立ち退きとなりました。正職をなくしバイト生活だったので、思い切って神戸に出てきました。それからはずっと事務系の仕事をしてきましたが、会社の先代が高齢で引退した時に新社長の奥さんが会社に出てこられるようになり、二人も事務員は必要なく、退職することに。今まで事務職しか経験がなかったので、他の仕事を探すことなど考えもせず、職安(ハローワーク)へ通うこととなりました。
年齢のせいか事務職はなかなかみつからず、職安で職業訓練を進められ、ヘルパーなら元気なら何歳になっても働けると思い、半年間の訓練を受けました。勉強する中でこんな仕事は私には無理だと思いました。
この職業訓練を自分でお金を払ったらかなりな高額であると聞かされた時、せっかく資格を取らせていただいたのに、全くこの仕事をしないのは申し訳ないと思いました。それで、施設やディサービスなどいろいろ面談に行かせてもらい、結局訪問を選びました。
訪問は一人で利用者様のお宅へ行ってする仕事です。その場では相談する人も助けてくれる人もいなくて、始めはかなり苦労しました。それでも、利用者様と信頼関係ができてくると楽しくなってきました。訪問を選んでよかったと思いました。
平成27年ヘルパー仲間に勧められて事業所を立ち上げることになりました。思い付きで始めたようなものだったので、書類一つ作るにも時間がかかってあきらめようと思ったこともあります。仲間のヘルパーや行政書士や税理事務所の先生方に助けられて何とか指定を受けることができました。
その経験から餅は餅屋と思うようになり、専門職の人に助けてもらいながら今日までやってきました。幸い、ヘルパーさんにも恵まれ、わいわい言いながらも利用者さんに寄り添いながら少しでも良い支援をするためにはどうしたらいいかを話し合ってきました。はじめは「家で家事をしているのでヘルパーはできます」と言ってくる人もいましたが、掃除一つも介護するわけですから、自宅の掃除と同じようにすればいいというものではありません。そんなことをじっくり説明しながら今のあかねのスタイルが出来上がってきたと思います。人とのつながりを大切にし、ヘルパーさんとの縁、利用者様とのご縁をこれからも大切に守っていきたいと思います。
好きな言葉と言うか、いつも忘れてはいけないと思うのが「すべてのことを当たり前と思わず常に感謝する」です。例えば、お茶を入れてくれたりとか、掃除してくれたりする人がいます。いつもしてもらっているとつい当たり前と思ってしまうんですね。忙しい中、わざわざ私の為にしてくれていたのに、感謝することなく当たり前と思っていた。だからたまたましてくれない時になんで?と不満に思う。そうではなく、いくら慣れたこととはいえ、してくれることに感謝しありがとうと言う気持ちが大事だと思います。
なるようにしかならないと思いながらも、温かい人に囲まれて今のやりがいのある仕事ができてとてもうれしく思っています。これからも頼りになるあかねのヘルパーさんたちと力を合わせ、地域の皆さんに喜んでもらえるような介護を目指していきたいと思います。